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緊張と緩和



坊主の雄道です、こんにちは。


こんな話があります。


あるお葬儀のさなか、子供さんがあまりに騒ぐので、

それを見兼ねた、親戚のおじさんが、

「うるせーぞ!クソぼうず!」

と怒鳴ったら、

お坊さんのお経がピタっと止まった。


数秒後、

「あ、そっちか。」と僧侶がつぶやいて、

またお経が始まりまったが、

その場の参列者は、

一様に顔を伏せ、

肩は震えていた。



幸いにも、そのような場に遭遇したことはありませんが、

お経を唱えているお坊さんに対する「クソ坊主」という言葉により緊張が生じ、

「あ、ボウズ違いね。」と思いいたり、緊張が解け、笑いがやってくる。

決して笑ってはいけない、我慢大会が始まるわけですね。


「緊張と緩和」というお笑いの理論がありますが、

人間は極度に緊張した状態が続いた後、それが緩和されることで、ついつい笑ってしまうものだそうです。



以前お世話になった修行道場へ入門一年目のある日、

私は、先輩からお小言を頂戴しておりました。


入門して一年間は、叱られるのが仕事の様なもので、とにかく何をやっても毎日毎日何かしらの注意を受けます。

なるべく叱られないように、緊張感を持ちながら日々をすごしていく事で、お坊さんとしての所作を少しずつ身に着けいてくわけです。


その様なことから、先輩方自らのご修行として、後輩達に指導しますので、真剣そのものです。


そんな叱責を受けているさなか、何だか先輩の頭に動くものが見える。


よく目を凝らしてみると、どうやらそれは

美しく、シルバーグリーンに輝く一匹のハエでした。


モゾモゾとせわしなく手を動かして、

こっちを見ているようです。


気づかなければ良かったのに、

私は、先輩の頭から目が離せなくなりました。


丁度その日、先輩は頭を剃ったばかり。

どうやら、デキモノか何かを一緒に剃ってしまったらしく、

頭頂部からは血がにじんでおりました。


どうもその傷口をハエが、舐めているようなのです。


不出来な後輩を指導する先輩も真剣。

その頭の上で、先輩の血を舐めるハエも真剣そのものです。


状況を理解したとたん、笑いがこみ上げてきました。


しかし笑ってはいけない、笑えません。


厳格に上下関係が守られた、閉鎖的な空間である修行道場。


先輩に反抗的な態度、軽んじる様な態度を取れば、

他の先輩方からも目を付けられる、要注意人物として、厳しい目に晒される。

そんな誤解を受けるわけにはいかない。


手の平に爪をめり込ませ、

奥歯をグッと噛みしめてこらえます。

悲しかったことや、つらかったことを懸命に思い浮かべます。


自分の注意にではなく、

何か他の事に気持ちが奪われている後輩の態度を敏感に察知した先輩。

ボルテージは急上昇します。


「おい!聞いてるのか!」

一歩、二歩と私に詰め寄ってきますが、

身長がある私、小柄な先輩。


丁度の目の高さと同じ位置に、

いるハエも、先輩と一緒に一歩、二歩と迫ってくる。


「こっちに来るな!」

心の中で叫びます。


「お前舐めてるのか?」

という先輩の問いかけに、

「私ではなく、舐めているのはハエです。」

と、答えられるわけもいかず。


ただただ、「いいえ!」

と答え、必死に神妙な顔を作りますが、

意に反して、どんどん口元は緩んでいく。


「何なんだこの地獄は!」


とにかく冷汗が止まらない!


「ああ、もうここまでだ、、」


諦めかけた、その刹那、

「おーい、ちょっと手伝ってくれ~。」

という、どこかで老師の呼ぶ声。

「失礼いたします!」

かろうじてその言葉だけ発し、私は全速力でその場から逃げ去ることに成功しました。



諸先輩方には修行中は本当にお世話になりました。

私の様な者に時間を割いて、ご指導いただいたこと、今改めて感謝いたしております。


次の日、本堂での朝のお経。


私の真ん前に座る先輩の頭に、

ハエによってバイ菌でも入れられたのか、

赤く腫れ上がった傷口を隠す、

大きな絆創膏を発見した時。


我が脳中で、第二ラウンドの始まりを告げるゴングが鳴り響いたこと。

今では良き思い出となっております。



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